社会を変える挑戦をするために必要な行動とマインドとは? シリコンバレーで起業家精神を学び、帰国後15年にわたって「ビジネスの力で社会課題を解消する」を実践してきた齋藤潤一の哲学に迫るインタビューシリーズをお送りします。
Vol.3のキーワードは「文化と評価」。ビジョンを実現する組織文化と、文化を育てる評価制度のあり方とは?
――創業直後のゼロイチの段階を抜けたあとは、経営者は社内に目を向ける時間をより増やし、メンバーの個性を発揮するプロデューサーとしての役割にシフトしていくべきという考えをお聞きしました。創業5年目を迎えたAGRISTでは、今後組織運営においてどのようなことを大事にしていきたいと考えていますか?
会社としての「文化」を、あらためて社内で浸透させたいと思っています。それから「評価制度」に基づいた組織運営もより意識したいですね。
渋沢栄一は、商売には「道徳心(論語)」と「利益追求(算盤)」の両輪が必要であるとして「論語と算盤」という言葉を残しました。僕の考えでは、経営においては「文化と評価制度」が、商売における「論語と算盤」のように必要不可欠な存在といえそうです。
――「文化と評価制度」ですか。まずは文化について教えてください。文化とはつまり、AGRISTの経営理念を意味するのでしょうか。
そうですね。AGRISTの理想(ビジョン)は「100年先も続く持続可能な農業を実現する」ことですし、僕らの使命(ミッション)は「テクノロジーで農業課題を解決する」ことです。そのためには「Yes, We Can」を合言葉に「『できるか?できないか?』ではなく、『やるか!やらないか!』で世界を変える」ことを行動指針(バリュー)として大事にしています。それがAGRISTの文化です。
この5年間で事業内容はどんどん進化していきました。自動収穫ロボットの開発から始まり、その次はロボットを活用した自動化農業システムパッケージの販売、そして現在はMicrosoftのコラボレーションによりAI農業に力を入れています。やっていることは変わっても、会社としての軸はまったく変わっていないんですよ。
文化を明確に打ち出し、あらゆる経営判断や行動指針とするこの姿勢は、(スタンフォード大学心理学部教授の)キャロル・S・ドゥエックの『マインドセット 「やればできる!」の研究』(草思社)という本を参考にしたものです。また、この本には「Yes, We Can」と言い続ければ必ず実現することが科学的に証明されるとも書かれていて、僕らのバリュー「Yes, We Can」を策定するときにも参考にしました。
AGRISTで働くメンバーがやりがいをもって高いパフォーマンスを発揮する上でも、企業文化を理解し意識することは大事なことだと思っています。
――一方で、会社の文化を育てるにはとても時間がかかるという課題はないでしょうか?
ひとつの目安として「3・6・9」の数字は意識しています。
この数字は日本の学校制度でも使われていて、小学校は6年、中学校は3年、義務教育は合計9年間ですよね。人を育てるにはそれくらいの時間がかかるということです。同様に、会社の文化を育てるときもそれくらいの時間軸で考えていかないと実りはないのではないでしょうか。
――AGRISTの文化が育ってきた手応えはありますか?
そうですね。MicrosoftのイベントにAGRISTのメンバーと出させてもらったことがありました。そのとき、AIエンジニアの清水(AGRISTエンジニア統括最高責任者の清水秀樹)が、僕が発言したことがない話までまるで僕が憑依したかのように話していて、あれには驚きましたね。
彼とは根っこの考え方が合っている気がしていて、だからこそ僕の考え方が彼の中に深く浸透していったのかもしれません。社員たちの中に、僕らの大事にしているものがしっかり根付いていっている手応えを感じて、うれしくあり、頼もしくも感じました。
「他者貢献」を重視しています。
――「文化」と並び、「評価制度」が経営においては大事だとお話ししていました。AGRISTの評価制度では何を重視していますか。
「他者貢献」を重視しています。
これは会社としても大事にしている精神です。例えば、農業分野で新しい事業を展開している僕たちに対し、「JA(農業協同組合)に対抗しているのですか?」という質問はよく受けるんです。でも、JAは敵ではない。むしろ僕らはJAの事業成長を後押しするパートナー、いわゆるアクセラレーターだと自負しています。
というのも、JAが重視しているのは「つながり」や「結(ゆい)」の精神であり、JAは農業従事者みんなで豊かになることを目指す団体なのです。まさに僕らの想いと重なる部分がありますので、決して対抗する相手ではなく共に目標に向かって進むパートナーだと考えて。
――具体的な評価制度としては、他者貢献をどのように取り入れているのでしょうか?
「360度評価」といって、上司だけでなく同僚や部下、複数の関係者が評価する手法がそれにあたると思います。利己的な結果を出すことに意味はなく、他者に貢献できているかを評価軸が良いと考えていて、これから導入したいです。
評価制度をつくるにあたって参考にしたのは、Microsoft CEOのサティア・ナデラの『Hit Refresh(ヒット リフレッシュ) マイクロソフト再興とテクノロジーの未来』(日経BP)です。この評価制度を活用しているMicrosoftが実際に業績を上げてきているので説得力があると考え、参考にしました。
創業者はフェーズごとに役割も変わってくる
――創業から5年経つ間に、代表である齋藤さんの役割は変わっていきましたか?
変わりましたね。
創業1、2年目は、代表として表に出る活動が多かったです。実績や製品などなにもない状況なので、ピッチコンテストに出て夢を語り、AGRISTを知ってもらう活動に主軸を置いていました。3、4年目は僕らの商品が社会に実装され始める時期。僕はどちらかというとパーパス経営を大事にして、ゼロイチが得意なタイプなので、苦労することも多い時期でした。5年目を迎えた今年は、公民連携を掲げてイノベーションを起こすべく奔走しています。
――経営者として自ら変化する力は必要だと思いますか?
重要なポイントだと思いますね。会社の段階が変われば求められる役割が変わるのは当然ですし、仲間やチームが変わればそれに応じた変化も求められます。
一方で、「情報発信」に注意を払うことも必要だと思っています。
――経営者としての情報発信、ですか?
はい。同じ内容であっても、見る人の捉え方によって印象は変わるなと最近実感しているんです。
例えば、AGRISTの本拠地は宮崎県新富町で、僕は一年の三分の一ぐらいは宮崎で活動しているんですよ。それでも「齋藤は全国を飛び回っていて、宮崎にはあまりいない」と言われることが多くて(苦笑)。僕のことをそういうイメージで捉えたい人が多いのかな、なんて考えたり。 SNSで発信しても、宮崎での活動よりも出張先の投稿が注目されることが多いです。
「人の目を気にし過ぎる必要はない」という意見もあると思いますが、やはり情報発信に気を配ることは重要です。
経営者として、まずは自分の役割を適切に把握すること。そして、その役割を無理に”演じる”のではなく、その役割とフィットする「自分がもともと持っている部分」をうまく使うことが大事ですね。 ナチュラルかつサステナブルでありたいと思います。
海外のCEOたちは万能に見えますが、人間なのでもちろん完璧ではありません。
自分ひとりですべてに対応できるよう能力や人格を磨き上げるのではなく、自分の持ち味をうまく生かしながら、自分の役割に対し丁寧に対応している印象です。
競争力や差別化を生むのは、第一次情報
画像引用元:Microsoftホームページ
――お話を聞いていると、本などを通じていろいろな経営者の話を参考にしているんですね。
本はたくさん読みますが、本の内容は、すでに“過去”のもの。それを100%真に受けることはしません。
本で得られる情報よりも第一次情報を重視しています。これからの時代、競争力や差別化を生むのは、生で取れる第一次情報です。僕たちの場合では、Microsoft CEOのサティア・ナデラに出会え、Microsoft の人たちと直接話ができたことは非常に大きな転機になりました。
――今は海外の人とオンラインで会話するのも簡単になりましたが、実際に会って話すのとは全然違いますか?
はい、面と向かって会って話すことで得られる情報量は圧倒的です。
最近も北海道でそんな体験をしてきたばかりです。温泉で有名な北海道登別市に伺って、「温泉の地熱エネルギーを活用した農業に挑戦したい」という話が聞けたんです。その後にめぐった室蘭やほかの町でも、それぞれの町特有の課題や関心テーマを聞くことができました。現地に行くからこそ話す人の熱量が感じられますし、話の立体感が増す。実際に足を運ぶことでの収穫は多いです。
直感に従い、コンフォートゾーンを抜け出せ
――実際に足を運ぶかどうか、判断基準はありますか?
好奇心を掻き立てられるような、わくわくするような場所には行くようにしています。逆に、説明はできないけれど乗り気になれないような違和感を覚えるときは行きません。直感は決して思いつきなどではなく、経験に基づく「集合知」だと思っています。過去の経験から無意識に直感を働かせているのでしょうね。
――「コンフォートゾーンから飛び出したほうがいい」とよく聞きますよね。「違和感を覚えるところには行かないほうがいい」という考え方と相反するように思いますが、齋藤さんはどう思いますか?
僕は矛盾しているとは思わないですね。
僕が言う「違和感を覚える」の意味するところは、犯罪の匂いがするいわゆるダークサイドの話。一方「コンフォートゾーンから飛び出す」というのは、例えば「一泊100万円のホテルで経営合宿をやる」など、怖いけれどわくわくする話を指していると思います。
ダークサイドの違和感に気をつけつつも、わくわくするような初めての体験には飛び込んでみるのがいいのではないでしょうか。
スタンフォードで学んだ「Don’t judge」の精神
――現地へ訪問するとたくさんの出会いがあるかと思います。人付き合いで心がけていることはありますか?
心がけているのは「Don’t judge」の精神です。
20代のときにスタンフォード大学で学んだ「決めつけない」という姿勢ですね。何事も決めつけずに向き合うことで、思いも寄らないところから奇跡やイノベーションを生むきっかけを呼び込めるものだと信じています。
人間関係においても緩やかな関係を大事にしていますね。一時的に離れることがあっても、合う人とはまた縁があります。僕は会社を辞めていった社員とも仲が良いんですよ。2024年8月20日に開催された公民連携スタートアップサミット「ONE SUMMIT 2024 in 宮崎」でも、元社員に登壇をお願いしたくらいです。
――辞めていく人を拒絶し、関係を断ってしまう人がいますよね。なぜ齋藤さんは良好な関係を継続できるのでしょうか?
うーん、なぜだろう。僕としてはナチュラルにやっていることなので……。
僕のような経営者にとっては仕事が人生のすべてですが、多くの社員たちにとっては仕事は人生の一部。だから、彼らの大切な人生の一時期間を僕らと”働いてくださった”、根底にあるのはそんな感謝の気持ちなんです。
一時的な期間であっても、共に楽しく働いた仲間であれば、辞めた後でも「ご飯に行こうよ」と誘うのはごく自然なことだと思うんですよね。
――社員の皆さんとはどんな関係なのでしょうか? 相談を受けることはありますか?
はい、定期的に社員と一対一で話し合う「1on1」の時間を設けていますし、それ以外でも個人的にメッセージが来て、仕事を進める上での悩み相談に乗ることがあります。
――代表に直接相談できるって、フラットな文化ですね。それは齋藤さんが社員たちに対して心を開いているから相談が寄せられるのでしょうね。
むしろ、僕はもっと自分を開示しなければと思っているところなんですよ。これまで以上に社員たちと話す時間をつくるべく「1on1」の時間を増やしていきたいですね。
AGRISTでは組織づくりに力を入れたいと思っています。僕らの考えに共感してくれるCHRO(最高人事責任者)も現在募集しています。より良いチームをつくっていきましょう!ご応募をお待ちしています!
取材・編集/宮本恵理子 執筆/夏野稜子