取締役高橋インタビュー虚栄心でいっぱいだった過去。大切な仲間の存在。「農業×ロボットで世界を目指す」と決めた理由

2020年 インタビュー

「以前は自分に向き合えませんでした。でも今は、大切な仲間ができて、自分の弱いところにも向き合えるように変わったんです」AGRIST株式会社COO高橋慶彦は過去をそう振り返る。

高橋の実家は秋田で印刷工場を家族で営む兼業農家だった。幼い頃からマルチメディアに触れ、大学は米国シリコンバレーに進んだ。帰国後は、家業を手伝いながら広告代理業務も行った。

東日本大震災後、東北と本気で向き合えていない自分への苦悩

だが、地元での安定した暮らしは突如崩壊した。2008年のリーマンショック以降、家業の印刷会社の売り上げは半分以下になり、経営破綻の危機を経験したのだ。

「地元の経済はリーマンショックで致命的な打撃を受け仮死状態でした。生きていくためには全国から注文を取るしか道は無く、背水の陣で印刷のネット通販を始めました」

ネット通販を始めた同時期に東京へ進出し、仕事も徐々に増えていった。やっと順調な日々に戻ろうとした矢先、東日本大震災が起こった。

「震災当時、EOという起業家組織に関わったのですが、東北の復興へ向け本気で取り組む起業家と、ただ認められたい利己的な自分との明確な違いを感じてました。僕はとにかく薄っぺらかったんです」

渡米や父の会社への入社、起業も含めて、高橋は自分が望めば自分の思うままにできる。それは自分が優れているからなのだと過信していた。

そのため、心の底からチームを信じること、他者を信頼して任せることができなかった。そんな振る舞いを見てからか、ありのままの高橋を心の底から認めてくれる存在はいなかった。承認欲求は人一倍強かったため、自身の能力をひけらかすことでその溝を埋めようとした。しかし、それがかえって孤独を感じる原因になり苦しみ続けた。「自分自身が他者から必要とされたい、認められたい」という願望は増すばかりで途絶えることがなかった。

「震災以降、東北で出会った起業家のマインドセットは強烈でした。『地域のために、社会のために、あの震災で生き残った俺らが自分たちの命をどう使うか』そう言うことを本気で議論している人しかいなかった。なのに自分は行動を起こしても、行動と気持ちを合致できず、口だけの人間でした。他の起業家のようになろうとしても自分の見栄が先に立って、本気にはなれなかった」

この時、高橋は拠点を関東から仙台に移した。東北の視座の高いメンバーに囲まれている幸運も感じつつ、自分の考えの浅さ、視座の低さをずっと引け目に感じていた。一方で自分の都合が悪いところから逃げる性分もあり、そういう自分自身と長い間向き合えずにいた。

新富町で主婦との出会いが変わるきっかけに


そんな高橋に2年前、転機が訪れる。

「苦しんでいる中で、宮崎県の新富町の地域団体から『事業を立ち上げて、一緒に地方創生を実現しないか?』とチャンスをいただいたんです。当初は遠隔で仕事をしつつ、月に1度新富町に行きました」

そこで高橋は一人の主婦と偶然の出会いを果たす。「新富町でカフェをオープンしたい」と、地域団体に彼女がプレゼンを行う現場に居合わせたのだ。

「少し前まで主婦をやられていて、起業なんて経験したことが無い方が、とてもキラキラ・ワクワクしながら自分のやりたいことを話していました。それを見た瞬間に、あぁ自分に無いのはこれなんだなと気付いたんです」

高橋は長年の苦悩から、人が変わるのはそんなに簡単では無いと実感していた。今まで出合った視座の高い人のように変わろうとしても、自分の能力の低さや弱さが露呈するのを恐れて自分を取り繕おうとするだけで変われなかった。

この主婦の方のように、心の底からワクワクしながら仕事に向き合える自分に変わりたい。それなら「周囲に自分が変わりたいと願うような人しか居ない環境に飛び込むしかない」と新富町移住を決心した。

高橋には家庭があり、妻とその当時3歳と1歳になる娘がいた。宮崎行きを妻に相談すると、すぐに了承が得られた。社内のメンバーに対しては独断で行くことを伝えた。高橋の父親からは、「秋田で印刷会社に集中して欲しい」と言われたが、高橋は新富町行きを強引に押し切った。

「家業は印刷という業種柄、親子間でも常に完璧が求められていた気がします。ミスは許されないのが当たり前で、そんな環境で自分が、このようなチャレンジすることは想像できませんでした。父やメンバーに申し訳ないという気持ち、無責任だったと反省もありますが、後悔はしていません」

自身の成長に対する最後の賭けで移住を決めた高橋だったが、この時はまだ、農業スタートアップを立ち上げることを想像すらしていなかった。

仕事を地域課題の解決におくことで、役割を与えられる幸せと感謝を知る


AGRISTへジョインすることを決めたのは、会社設立のわずか1カ月前。それまで、新富町では全く別のことを行っていた。

この移住後に担当した地方創生事業がターニングポイントとなり、高橋の仕事に対しての姿勢、取り組み方は変わっていた。ただシンプルに楽しさが溢れていた。地域の魅力を伝えることにワクワクし、意義を自分自身が満喫できるようになった。以前の虚栄心や傲慢さは少しずつ減っていった。そして徐々に、そんな高橋を周囲は応援してくれるようになった。


「今までは必死に応援してくださいと言っていたんです。今はまわりの人たちに『輝いているね』、『ワクワクしているね』と声をかけられ、まわりが自然に応援してくださるようになって。やっと新富町に来た時にカフェをやりたいとワクワクしていた主婦の方に近づけました」

そんな高橋の変化を家族も感じていた。妻は以前の高橋を、一人で暴走しているようで危なっかしく、安心して見ていられなかったと話す。今は、地域の人たちからまるでマスコットのような存在として愛されていると感じているという。

信頼関係から生まれた知識の循環で地域が相互成長する


「新富町に来て、仮に結果が出せていなかったとしても、ありのままの自分を認めてもらえるのだと知りました。今までは、凄いから認められると思い込んでいたんです。でもそれは、その人の本質的な評価ではないんです

その人一人で成し遂げられることはほとんど無いと思います。昔は自分が凄いから結果が出せると思って、僕個人がいろんなものを武装して弱さをひた隠しにして、自分が凄いんだと取り繕っていました。

それが新富町の人たちに、ありのままの自分を受け入れてもらって、気持ちが満たされ変わりました。もちろん完全に変われた訳ではないですし、まだまだだと思い悩む日もありますが、そういう風に自分を思ってくれる人に、自分の経験で何か役に立つことがあったらシェアしたいし、助けたいと思えるようにもなりました。そうするとまたそこで信頼が生まれて、相互成長を喜び合える自分に変わってきたように感じます」

日本の農業が直面する人手不足の解決を目指す


地域や社会、世の中から役割を与えられ、課題解決に向け行動する。高橋は、それを全うすることが自分の使命だと、今は心の底から感じられるようになった。気持ちと行動は一致し、大きく変わった。そして今、新富町から新しい挑戦を始める。新富町の農家、そして日本の農家が直面する人手不足の課題を、AIを活用した収穫ロボット「L」で解決するため立ち上がるべく、AGRIST株式会社のCOOに就任したのだ。

現在(2020年)、収穫ロボット6台の稼働が決定している。さらに、産官学連携も平行し進む。既にENEOSとの資本業務提携や、つくば市や大分県との事業連携を結び、東京大学大学院のロボット研究の第一人者である海津裕先生がアドバイザーをつとめる。今年7月に開催された「Infinity Ventures Summit 2020 LaunchPad」では、3位入賞に加え、メインスポンサーのプルータス・コンサルティング賞をダブル受賞した。加えて、8月に開催された「Forbes JAPAN Rising Star Community」では、トップ2を受賞した。

「果菜類の収穫ロボットを社会実装する。誰もなし得たことのない、壮大なチャレンジです。これから、数え切れない程の壁や課題に打ち当たろうとも、農家さんの声を聞き、エンジニアと共に悩み、必ず乗り越えて達成します。私たちは、宮崎県新富町という小さな町から、ソーシャルインパクトを起こします。地方だからこそ、突き抜ける。やり抜ける。そのためには、より強いチームをつくるエンジニアの皆さんの参加が必要です」

AGRISTは、5年後の上場、将来的には約55兆円にもなるトマトの世界市場を狙う。そして宮崎県新富町をアグリテック、スマート農業の聖地に、エンジニアの楽園にする日を夢見て、さらなる挑戦を続ける。

関連ニュース